数日前、この夏、初めてジャンジャンと派手に鳴く蝉の声に気づきました。いつも思うのですが、夏休みが始まるのと時をあわせるようにしていっせいに蝉が鳴き始めるような気がします。
そんなふうに思い込んでいるので、毎年同じタイミングで気づくだけのことなのかもしれませんけど..................
私の心象風景の中では、蝉の声により、夏はより夏らしく、非日常的に、開放的に、ひとときの思い出が彩られています。
今日は二十四節気の大暑。暦どおり、連日の猛暑にみまわれて、バテ気味の方も多いのではないかと思います。
猛暑で少々脱水気味の日、仕事終わりに一気に飲む最初の一杯のビールは格別ですね。ビールを美味しく飲むために水分補給をひかえて、喉をカラカラにして.......... などという無謀なことをしていた時もありました。
一杯のビールのために熱中症になったのでは、割が合いませんね。
梅雨明した途端にカンカン照りのすごい猛暑ですね。
鮮やかな青空と若々しい緑のコントラストが目にしみます。
今朝も家を出てから電車に乗るまでに汗だくになってしまいました。
駅のホームには熱気がたまっているみたいで、電車を待っている間がたまりません。汗が噴き出すように流れて、気持ち悪い!!
みるみる体力が消耗していくようです。十分に水分補給して、熱中症には気をつけなければ...........
いよいよ夏休み。子供たちにとっては楽しい時間です。おもいっきり遊んで、思い出をたくさん作れるといいですね。
ここのところ来る日も来る日も豪雨による水害のニュースが入ってきます。
全国的に大変な量の雨が集中的に降っているみたいです。水害に遭われた方は本当にお気の毒です。
松山でも城山の麓にある「愚陀仏庵」が、土砂崩れにより全壊してしまったそうです。
一時期、松山中学校に英語教師として赴任してきた夏目漱石と病気療養中の正岡子規が「愚陀仏庵」で共同生活をしていました。子規はここで俳句雑誌「ホトトギス」を編集し、漱石は子規から俳句の手ほどきを受けました。
後年、漱石は英文学者としてロンドン留学し、東京帝国大学の教授となりますが、どうも鬱々として気持ちが晴れない。子規から「ホトトギス」への寄稿の依頼があり、気晴らしのつもりで書き始めた雑文が「吾輩は猫である」です。
ここで二人の天才が生活をともにし、創作活動をし、その縁で近代日本文学の黎明期を築いたというのですから、「愚陀仏庵」は歴史的、文化的に大変価値のある遺構です。それだけに、全壊してしまったとは何とも残念です。

話は別ですが、先週、郡山もゲリラ豪雨に襲われました。私も直撃を受け、あっとう間に道路には水が川のように流れ出し、ずぶ濡れになってしまいました。
私はずぶ濡れになっただけですが、自動車が水没したり、床上浸水の被害に遭われた方もいらっしゃるそうです。物質的にも精神的にもダメージを受けられて、たいへんお気の毒です。
私も実際に体感してみて、ゲリラ的集中豪雨の恐さを思い知らされました。今もコンビニの入り口には浸水を警戒して土嚢が積まれています。
政治、財政、経済ともに混迷している感のある今の日本。どのように舵取りをしてゆけばよいのか、さっぱり分かりませんね。
IT革命が起こって以来の世界は恐ろしいほどのスピードで、しかも加速度的に変化しています。日本が停滞している間にもグローバルな環境はどんどん変化するため、日本は置き去りにされるのではないかと心配になってきます。
国家や企業ばかりでなく個人にしても、今までのうまくいっていた方法を変えることは、リスクを伴うことでもあり、とても勇気のいることです。そんなわけで、ついつい現状維持。
しかし、これだけ激しく環境が変化している現在、よくいわれることですが、変化しないことが最大のリスクです。
人間の脳は、大きな能力を発揮する可能性を潜在的に秘めていますが、なかなか有効には使われていないそうです。希望や情熱の湧き上がる目標が得られたときには、脳内には様々な活性化物質が放出されるのでしょうか、自分でも信じられないほどのエネルギーや潜在能力が引き出され、満足感も高まるといいます。
そんな目標が持てた人は、きっとどんどん進化し、大きく成長していくのでしょうね。うらやましいかぎりです。
今日は参議院選挙。
多くの人が希望と情熱をもって成長できる活力ある社会に変革されることを望むばかりですが............
蒸し暑い季節。一生懸命、短冊に願いごとを書いていると汗が滴り落ちることでしょう。
子供たちの前途は洋々、無限の可能性が広がっています。夢中になってどんな願いごとを書くのでしょうか?
青白く流れる銀河の輝き。
シューっと勢いよく美しい光の粒を吹き出す花火からは、火薬の匂いのする煙が流れてきます。
線香花火の静かに爆ぜる音。オレンジ色の粒が落ちないように......... でもやがてポトリと落ちた後の静寂と暗闇。
わけのわからない悲しさと火薬の匂いだけが、かすかに残ります。
「もう七夕さまも終わり。さっさと寝なさい。」
母親の声にせかされて、駆け出す子供たち。
翌朝は早く起きて、重たいほどに湿気を含んだ空気と草いきれの中で笹を焼きます。灰を集めては、そっと川に流して見送ります。
願いごとがかないますように.................
サッカーW杯もベスト4が出揃い、いよいよ佳境にはいってきました。
今回の南アフリカ大会は、日本の活躍でおおいに盛り上がりましたが、トーナメント1回戦のイングランドードイツ戦でのゴール、アルゼンチンーメキシコ戦でのオフサイドの判定をめぐっても物議をかもしています。私もたまたま観戦していたのですが、あまりにも明らかであり、勝敗のゆくえを左右するほどの重大な誤審でした。
テレビでは何台ものカメラがボールを追いかけ、すぐにリプレイもされますので、今回のように簡単に判断ができるものもありますが、現場で選手と一緒に走り回り、肉眼で判定しなければならない審判は大変です。ノーゴールとされたイングランドの選手たちの落胆はもちろんですが、大誤審をしてしまった審判も悲痛です。ハーフタイムにすぐにビデオで確認し、天を仰いだそうです。
テニスの場合、数年前からチャレンジコールというビデオ判定の制度が導入されています。ライン際の微妙な判定に対して異議がある場合、選手は1セットにつき3回までチャレンジコールすることができます。そうすると単にリプレイされるのではなく、CGに再構成されて示されるので、とてもわかりやすいのです。
選手の異議が正しければチャレンジコールの権利はそのまま。審判の判定が正しければ権利が1つ消化されます。オンラインかどうか? というようなきわどい判定では、やはり肉眼では限界があるようで、見ていると結構誤審があります。
いろいろなスポーツでビデオ判定導入の是非についての議論が出ているようですが、なかなか簡単なことではなさそうです。
テニスの場合は競技の進行に審判の裁量によるものが少ない、というよりもインラインか?アウトか?の判定だけですので、ビデオ判定に向いているといえます。しかも、チャレンジコールというルールにしたことで駆け引きの要素がともない、よりおもしろくなったような気がします。
それに対してサッカーの場合は、混戦の中、常にファウル、オフサイド、ゴールキックか?コーナーキックか?といった判定のもとに競技が進行します。特にファウルに関しては、かなり審判の主観的な要素が大きい上にFKやPKといった重要な局面につながることもあります。
審判の裁量が大きいだけに、選手の審判に対する情報収集や駆け引き、あざむきなどにより、試合の流れが左右される場合もあるかもしれません。主観的あるいは微妙な判定、誤審もあることは当然と想定した上での肉眼によるフレッシュな判定が、サッカーをよりおもしろく、ドラマティックにしているように思います。
今年ももう半分終わってしまいました。あっという間です。
明るい兆しがあるのか?ないのか?.......... 政治も混迷?
よくわかりませんが、冬期オリンピックや現在開催中のサッカーW杯では、日常を忘れてドキドキ、ハラハラ。少しは元気づけられたでしょうか?
今日は海開き、山開き。開放的で心浮き立つ夏の始まり。
少年時代は楽しかったなぁ............
気分も新たに後半戦もがんばりましょう。
梅雨の季節でここのところ蒸し暑いですね。昨晩は特に寝苦しかったです。
顔にベットリと汗が浮かび上がったり、服が張り付いたりすると体力が奪われていくようです。おまけに食欲もイマイチ。消耗する季節です。
最近は、さっぱりした冷やし中華ばかり食べています。

街中のいたるところで紫陽花が花盛りです。
真っ青な紫陽花の清涼感は、蒸し暑い季節に疲れた気持ちを少し元気づけてくれるようです。
北鎌倉駅のすぐ近くにある明月院が、あじさい寺として特に名高いです。
鎌倉時代、采配をふるって元寇をくい止めたのは、時の執権 北条時宗ですが、明月院は時宗の父 時頼の霊廟でもあります。
あじさいの季節にはよく訪れます。梅雨の季節ですので、やはり雨である確率が多いですね。
濡れることでより青さが際立ったあじさいに埋め尽くされているさまは見事です。
2010年全仏オープンでは、ルーマニアのシモーナ・ハレプ選手が出場したことも話題になりました。というのもハレプ選手、昨年の秋に乳房縮小手術を受けて、今回の大会に臨んだそうでなのです。
ハレプ選手は16歳のときに2008年の全仏オープン ジュニア女子シングルスで優勝し、将来、有望な選手として注目されていました。しかし、テニスの実力以上に胸が大きいことで話題になってしまいがちでした。
当のご本人、プロテニス選手として生きることを決意しているハレプ選手としては、テニスの実力を評価されるよりも胸の大きさで話題にされるのは不本意であるでしょうし、何よりも胸が大きすぎてプレーに支障をきたすことが、深刻な悩みだったようです。
女性にとって乳房は、女性であり、母性であることの象徴ですから、乳房に対するコンプレックスは男性が考えるよりはるかに深刻なようです。ただでさえ乳房に関する悩みは深刻なのに、乳ガンなどで乳房摘除された方の苦悩はなおさらです。多くの方が豊かで美しい乳房にあこがれ、豊胸手術や乳房再建手術を受けられる方もたくさんいらっしゃいます。
ハレプ選手の場合は、アスリートであるがゆえの悩みで、特殊なことと思われるかもしれませんが、乳房が大きすぎることで肩が凝る、かわいい下着がない、形が悪くなる............ といった悩みはよく耳にします。やはり乳房縮小の手術を希望される方もいらっしゃいます。
胸は女性にとって象徴的ものであるだけに、乳房だけでなく、乳頭、乳輪を含めて、その大きさや形に関する悩みは人それぞれです。私たちが手術を担当させていただく際には、実に多彩なご要望をうかがい、きめ細かな対応をさせていただいています。
「やったー!!」
思わず声をはりあげる伊達公子さんが印象的でした。ニュースのわずかの映像だけでも、全身からあふれる喜びがよく伝わってきました。
14年ぶりに四大大会の初戦に勝利。しかもその対戦相手は、世界ランキング9位、24歳のディナラ・サフィナ選手というのですから、嬉しいはずです。39歳で果敢に世界にチャレンジする伊達さんの姿には勇気を与えられます。
2010年、全仏オープンは、女子シングルス フランチェスカ・スキアボーネ選手、男子シングルス ラファエル・ナダル選手の優勝で幕を閉じました。
最近、日本テニス界は低迷。スター不在のためにテレビ中継どころかニュースで流れることすらないので、ネットなどで結果を知るしかありません。伊達さんや松岡修造さんが活躍されていた時は四大大会ともなると必ず中継があり、深夜にもかかわらず熱心に観戦していました。
当時は、友人ともよくテニスをしていて、テニス中継を見たあとはイメージトレーニングができたとばかりに、なんだか自分も上達したような気になっていました。もちろん実際には全然上達はしていませんが。
ウッド・ラケットの時代、ビョルン・ボルグ VS ジョン・マッケンローのライバル対決は最高にエキサイティングなものでした。しかし、ラケットの素材がカーボンやグラスファイバー、アルミといったものに進化し軽量化されることで、ボールの速度、特に男子のサービスのトップスピードは格段に上がり、
「パスッ!ビシッ!!」
と一瞬でサービス・エースということが圧倒的に多くなりました。
男子はボールのスピードが早すぎて目で追うこともできないぐらい。素人プレーヤーには全然参考にならないのですねぇ。逆にラケットの軽量化は、女子の技術をより高度に、より多彩にしたのではないかと思われ、素人プレーヤーには女子の試合の方が圧倒的に面白くなってきました。
伊達公子さんの全盛期をリアルタイムで観戦していた者としては、自分のためばかりでなく、日本のテニス界を盛り上げるための伊達さんの世界への再チャレンジは、どうしても気になるところです。